Facebook - 内海 聡
2020年5月30 日
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=3033808120036254&id=100002212881426
(以下一部引用)

なぜ自然農の野菜が大事なのか?
 
実はこのことについて真面目に答えられる人が少ないので、たまには真面目に書いてみたいと思います♪。
といっても結局タダの宣伝なんですけどね。
まず第一に農薬や化成肥料というのは100年前にはまったく存在せず、人類の歴史の中にも存在してこなかったものです。
化成でない肥料は存在しますが、この是非については農家たちが議論すればいいことでしょう。
私は基本的に自然農が一番いいと思っているので、肥料を使うことは硝酸態窒素を増やし栄養素を人為的に与える弊害もあり、あまりよくないと思っています。
 
しかし事の本質は健康とか栄養素とかそういう問題ではありません。
これは生命に対する侵害であり病気は結果にしかすぎないのです。
しかもこのような農薬などは農家くらい近くで高濃度で浴びれば直接影響でますが、一般に食べているものではすぐに影響が出ないということに罠があります。
不安産業という言葉を使う人々は要するに何もしらんだけでしょうが、いちいち科学的なことをいわなくてもそのほうがおいしいし、体調も良くなるし昔の野菜にした方が真の意味で安心だというにすぎません。
 
この話を突き詰めていくとニンゲンのエゴに基づく地球汚染、次世代やその先に通じる遺伝子異常やミトコンドリア異常、利益優先主義と自然や地球に一体化した生活などの話に通じ、だからこそ古来種や在来種の種の見直しが必須なのです。
F1だから絶対ダメとまではいいませんが、F1雄性不稔の種は簡単にいえばミトコンドリア異常症である不妊植物を食べているということ。
このミトコンドリア異常もすぐに病気になるわけではなく、あらゆる子どもやその先、さらにいえば地球上の動植物すべてに影響を与えるものとなるのです。
 
本質的にいえば自然農だからいいとはいえません。
種は一粒万倍、食べたものからさらに種を回収し次世代につなぐという行為は、子育てや環境破壊の問題と直結します。
F1で自然農は片手落ちというか、昔はそれが当たり前の農業であり食材だったのです。
違う言い方をすれば古代民族が狩猟採集生活で生命をもらっていたのと同じように、その後の長い農耕の歴史は同様に命をもらう行動であったともいえます。
日本の農耕の歴史は嘘の塊だそうですが、それもまた優生学者やグローバリストが刷り込んだものであるともいえます。
 
生物には本来カネはいりません。
そこに食べるものがあり住むところがあればそれで生きていけます。
家族がそばにいたり友達がそばにいたりすれば、それでコミュニティとしては完結するのです。
農耕、畜産、狩猟、どれが正しいとかは私にはわからないし、どれが正しいということ自体が愚かですが、少なくとも病気が怖いとか病院に行きたくないとか、日本の発展がどうとか生活が苦しいとかカネがどうとかいうのなら、せめて100年前の生物の状態に戻したらどうかと思います。
日本の食料自給率は実質は1%以下であり、それを変えることは日本人の意識が高まればすぐにでも実行できることなのです。